「石盤」とスレートを開発した山本儀兵衛

山本儀兵衛(ぎへえ)は明治初期に雄勝石を材料にした「石盤」生産の創始者。「石盤」とは昭和初期までノート代わりに使われた学用品です。雄勝出身の永沼秀実が実家に帰省の折、知人の山本が同行し、十五浜村(現雄勝町)最古の硯師の家である奥田製硯の採掘坑で一片の玄昌石を拾い、持ち帰りました。そして、当時輸入に頼っていた石盤を国内で生産しようと思い立ったのです。以後明神浜に住み、開進社(のち開運社)を創立、我が国の石盤製造の中心地となりました。1878年には、前年の西南戦争の国事犯を使役に使う出願をし、採掘や製造に従事させ事業を拡大。当初人員は70人、最盛期は200人にも及んだといわれています。 Icon cc by sa

山本儀兵衛の墓

雄勝の硯・スレート

|A-1025||登録者:石巻市

最終更新日:2016.05.18

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