中島下 今野忠市さん

北に山を背負い、南側が開けている中島は、八雲神社のある館山周辺がかつて旧北上川の河道で湿地帯に囲まれていたそうです。その中に小高い中州があったことから中島という地名になったと言われています。また、山のあたりを掘り起こすと大量の牡蠣殻が出土するのですが、これは古代にはこの辺りが海だったということを示しているのかもしれません。昔は冬に小学校でダルマストーブの火を付けるために、山で集めた焚き木を持って登校したのをよく覚えています。みんなで決めてみんなでやるというのが中島下のとても良い文化です。今の子どもたちにも、自分で自分のことをしっかりやれる大人になって、故郷を担っていってほしいですね。 Icon cc by sa

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河北

|A-214||登録者:石巻市

最終更新日:2016.04.01

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